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プロフィール:コミュニケーションが上手な人,下手な人マスタージョナサン(高野)とは プロフィール 196●年1月22日 東京都新宿区で産声を上げる。 星座 みずがめ座 血液型 O型 趣味 読書 海釣り 散歩 家族は妻、長男、次男、そして私の父との5人家族 都内の私立高校商業科卒業後、服飾雑貨品販売会社に就職する。 店舗にて仕入れ、販売、新人の教育等をするがもっと稼ぎたいとの気持ちが強く、系列の営業会社へ出向する。(今思えばまったくの世間知らずですね) そこでは有名、無名のアパレルメーカーを担当して、デザイナーやパタンナーを相手に服飾品を販売する。 女性がメインの社会でしたので嫉妬や好き嫌いが激しく大変でしたね。 気にいられずに担当を替えろと言われたことも… ここでの営業体験が、私のコミュニケーション能力を知らずに磨き上げたのかも知れません。 その時はただがむしゃらにやっていたので、分かっていませんでしたが。 そんな状態でしたので当初の売上は良くありませんでした。 毎月の営業会議がとても憂鬱でしたね。 その間に20歳で母を亡くし、22歳で結婚をして23歳で長男が25歳で次男が生まれました。 新たな人生の旅立ちなんですが、実際はどんどん生活が苦しくなるばかり。 何度も転職を考え行動を起こしたのですが、最終的にはここでトップを取るまではやめられないと思い努力しました。 営業をやりながらも、仕入先の選定、単価の交渉、商品の発注、伝票記入、納品、集金等などもすべてこなしていました。 そうして努力しているうちに営業成績で月間及び年間トップを何年か取り続けました。 でも心の中では自信と自惚れが湧いてきていたんですね。 次第に自分はコミュニケーション能力も高く、人と話すのも得意で、営業以外の交渉力もある。 だからどこでもやっていける。 そう考え行動してしまったのです。 「36歳でのはじめての転職挫折そして運命の出会い」 今思えば、自分で望んだ通りのシナリオだったのかも知れません。 しかしその途中ではとてもそうとは思えませんでした。 今から5年前、自宅で辞表を書こうとしていた時です。 家族や上司からは「このまま勤めていれば定年までは何とかなるのに」そう言われるのも仕方ありません。 高校を卒業してから18年勤めた会社でしたし、1番の問題は次の転職先が決まって無かったからです。 けれども私の決意は固く、妻や子供達1人1人と向かい合って話しました。 「必ず最低でも今と同じ生活はさせるから心配するな」家族を納得させた上で会社を退職しました。 その時に強く思い心に誓ったのです。 「絶対に俺が食わせてやる」 家族の不安を消したい、そして自分への決意だったんでしょう。 辞める時に次の職場が決まっていればこんな言葉を思わなかったはず。 ましてもっと早く転職の準備をしたり、自分のスキルを上げとけば良かった… そして、本当は退職する時に何件かから「もし良かったらうちへ来ないか」とのお誘いを、自分のやりたい事との違いからお断りしていたんです。 退職後、もっと収入の多い所へ転職してやる。 そう考え、まずは自分のスキルを上げる為に、パソコン教室(エクセル等の基本)に通い始めました。 パソコン教室に通いながら転職活動もしていました。 職安に通ったり、情報誌で探して応募したり、人材バンクに登録したり、30社以上問い合わせや応募をしたと思います。 けれど、ほとんどが年齢(36歳)がネックでダメでした。 ほとんどは電話で年齢を告げると断られ、面接まで行き、面接官と息投合し「わが社では君のような人材を待っていたんだよ」と言われ期待しつつも、結果は「社長が若い社員を入れたいと」… そんな事をしている内に半年が過ぎ、失業保険も退職金も底をつき、このまま転職先も決まらずに年を越してしまうのか?その時にやっと1社内定しました。(仮にH社としておきます) しかしその会社はあまりにも評判が悪く、人材バンクの担当者でさえ「あそこは本当に大変ですよ。私はお勧めできません。 但し、あそこで1年間がんばれればどこでもご紹介しますよ」。評判は最悪でも営業力は当時日本最強の声もありました。 入社したら予想以上の会社でした。 超完全実力主義で最初のマネージャーはなんと21歳の若者。 そして同期は初日からどんどん辞めて行くありさまです。 販売する商品はレンタルサーバー。 まだパソコンが普及してない時期になんと商店や中小企業に飛び込みで販売していました。 年配の商店主にいくら将来性や必要性を提案しても、理解されるはずも無く… けれども1日1件の契約ノルマ、取れなければ1日に何回も責められ、朝まで徹夜のロールプレイング。 そんな状況ではじめての飛び込みにも関わらず、1週間で初契約を獲得するも3ヶ月で12回の部署移動、そして体重も8s減り。 心身ともに疲れ果て駅のホームで電車に引き込まれそうになった事も…… 私は引き抜かれたと思い入社しましたが、社長は拾ってやったと思っていたのです。 最初から気持ちがずれていたので上手くいくはずはありません。 いろいろと悩み我慢しながら1年が経ちました。 何気なくふと立ち寄った書店で運命を買える本と出会ったのです。 それが神田昌典氏の【あなたの会社が90日で儲かる】です。 これだと思い購入して、まもなく個人で実践会に入会したのです。 ある日、実践会のニュースレターを見ていたら(株)プロ・アクティブが人材募集を出していたんです。すぐに申し込み面接を受けました。 「H社にいたんなら内でも大丈夫だろう」と社長から言われ合格、入社しました。ここでやっとH社での努力が報われました。 (株)プロ・アクティブ社長『山口哲史』との運命の出会いでした。 入社してからは環境が一変しました。神田昌典氏、小阪裕司氏、まだ小冊子を出したばかりでブレイク寸前の本田健氏などいろんな方と知り合えるチャンスは貰える。 仕事は新規部署立ち上げ責任者として入社。 後にショップ部門長兼任店長として、集客、売上の仕組み作り、DM作成キャンペーン企画実践。 そして新規開店ショップ立ち上げ責任者としてマーケティングや工事等たくさんのことを体験しました。 自分が専門誌にインタビューされたり、テレビやラジオなどのマスコミ取材をうけるなんて以前なら考えられませんでした。 私はこの文章を書いていて再確認しました。 まずは行動する事。過去は変えられないが未来は変えられる。 その為には人との出会いは重要です。 そして出会いを生かすコミュニケーション能力も |
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